慌ただしい一日
02 08, 2010 | 日記
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次は楽しい記事を書くぞ、と前回の日記で書いたのですが。
私が今の会社に派遣で採用された時、面接してくれた当時の部長が亡くなり、お通夜に行ってきました。
昨年胃がんで手術をし、しばらく静養していたのですが、年が明けてから再発して入院し、そのまま帰らぬ人となりました。
部長は途中から隣の部署の部長になったり、2年前からは別の会社へ異動になって、それでも私や私と同い年の男の子を誘って飲みにつれて行ってくれることがあって、もう1人の女の子と一緒に、いつも同じバーで同じメニューを頼みながらいろんな話をしてくれました。
部長は結婚していなくて、自分にも一度結婚するチャンスはあったんだけどね、なんてことも話してくれて、そんな部長の思い出話の相手をしながらの飲み会は楽しくて、
オレもあと何年かしたら定年だから、ゴルフしてたまには温泉に行って、のんびりしたいなぁ、なんて話もしていて。
去年の暮くらいから、なぜか部長に会いたくて、でも病気のあとだから無理に渋谷まで出てこさせるのも申し訳なかったし、年賀状を書こうと思って住所を調べようと思ってもすぐ分かる人が周りにいなくて、そうこうしているうちに再入院の話を聞き、なんだか、嫌な予感がしていたのですが。
お昼前に、今の部長のところへ総務課長さんが来てて、部長が今出向してる会社の名前とか、『痩せちゃってたからな、、』なんて話す声が聞こえて来て、地獄耳な私は、もしかして、部長のことなんだろうか、と一瞬思ったのですが。
お昼休みで出ている間に、社内メールで訃報のニュースが送られてきていて、私が会社に戻るといつの飲みに連れ
てってもらった男の子が私のことずっと見てて、そのあと先輩が駆け寄ってくるし、ああ、やっぱり悪い予感だったのか、とその時悟ってしまい、でもびっくりして我慢できなくて、初めて会社でぐずぐず泣いてしまいました。
私を見て、『いつもニコニコしてていいねぇ』
なんて、よく言ってくれたけど、部長もいつもニコニコしてる人で、あんまり出世することにも興味なくて、親会社では同期の人たちがなんちゃら事業部の本部長だの、次の専務候補だの、という時期だったのに、もちろんサラリーマンだからそういう出世競争から外れてしまったことに多少の寂しさはあったかもしれないけど、
仕事は楽しくできればいいよね、という感じで、怒ってるところも見たことないし、問題が起きれば自分で出向いて、その優しい雰囲気でなんとなく話をまとめてしまうこともできて、
失礼かもしれないけど、東京のお父さんみたいで、すごく好きでした、
遺影の部長は、確かにちょっと痩せていたけど、優しそうな、ちょっと男前に撮ってあって、祭壇に小さい頃のお写真や、お友達と撮った写真とか飾られていて、まだお母さんも健在なのに、とか、色々思い出してお通夜でも泣いてしまい、今に至ります。
おととしはおばあちゃん、去年は友達、そして部長。
大切な人たちが、少しずついなくなっていく。
私は、大切な人たちに、何も言えないままお別れをしてしまう。
もう3回も同じことを繰り返している自分に腹が立ってしょうがない。
部長にだって、お手紙くらい出せたのに。
今はとにかく、安らかに眠ってほしいと祈るばかりです。
しばらくは思い出して泣いてしまいそうだけど、きっと天国で、そうかぁ、オレのために泣いてくれるのかぁ、嬉しいなぁって笑ってる部長がいそうで、またいつものメンバーで偲ぶ会でもしようか、と思います。
同じお店で、同じメニューで。
私が今の会社に派遣で採用された時、面接してくれた当時の部長が亡くなり、お通夜に行ってきました。
昨年胃がんで手術をし、しばらく静養していたのですが、年が明けてから再発して入院し、そのまま帰らぬ人となりました。
部長は途中から隣の部署の部長になったり、2年前からは別の会社へ異動になって、それでも私や私と同い年の男の子を誘って飲みにつれて行ってくれることがあって、もう1人の女の子と一緒に、いつも同じバーで同じメニューを頼みながらいろんな話をしてくれました。
部長は結婚していなくて、自分にも一度結婚するチャンスはあったんだけどね、なんてことも話してくれて、そんな部長の思い出話の相手をしながらの飲み会は楽しくて、
オレもあと何年かしたら定年だから、ゴルフしてたまには温泉に行って、のんびりしたいなぁ、なんて話もしていて。
去年の暮くらいから、なぜか部長に会いたくて、でも病気のあとだから無理に渋谷まで出てこさせるのも申し訳なかったし、年賀状を書こうと思って住所を調べようと思ってもすぐ分かる人が周りにいなくて、そうこうしているうちに再入院の話を聞き、なんだか、嫌な予感がしていたのですが。
お昼前に、今の部長のところへ総務課長さんが来てて、部長が今出向してる会社の名前とか、『痩せちゃってたからな、、』なんて話す声が聞こえて来て、地獄耳な私は、もしかして、部長のことなんだろうか、と一瞬思ったのですが。
お昼休みで出ている間に、社内メールで訃報のニュースが送られてきていて、私が会社に戻るといつの飲みに連れ
てってもらった男の子が私のことずっと見てて、そのあと先輩が駆け寄ってくるし、ああ、やっぱり悪い予感だったのか、とその時悟ってしまい、でもびっくりして我慢できなくて、初めて会社でぐずぐず泣いてしまいました。
私を見て、『いつもニコニコしてていいねぇ』
なんて、よく言ってくれたけど、部長もいつもニコニコしてる人で、あんまり出世することにも興味なくて、親会社では同期の人たちがなんちゃら事業部の本部長だの、次の専務候補だの、という時期だったのに、もちろんサラリーマンだからそういう出世競争から外れてしまったことに多少の寂しさはあったかもしれないけど、
仕事は楽しくできればいいよね、という感じで、怒ってるところも見たことないし、問題が起きれば自分で出向いて、その優しい雰囲気でなんとなく話をまとめてしまうこともできて、
失礼かもしれないけど、東京のお父さんみたいで、すごく好きでした、
遺影の部長は、確かにちょっと痩せていたけど、優しそうな、ちょっと男前に撮ってあって、祭壇に小さい頃のお写真や、お友達と撮った写真とか飾られていて、まだお母さんも健在なのに、とか、色々思い出してお通夜でも泣いてしまい、今に至ります。
おととしはおばあちゃん、去年は友達、そして部長。
大切な人たちが、少しずついなくなっていく。
私は、大切な人たちに、何も言えないままお別れをしてしまう。
もう3回も同じことを繰り返している自分に腹が立ってしょうがない。
部長にだって、お手紙くらい出せたのに。
今はとにかく、安らかに眠ってほしいと祈るばかりです。
しばらくは思い出して泣いてしまいそうだけど、きっと天国で、そうかぁ、オレのために泣いてくれるのかぁ、嬉しいなぁって笑ってる部長がいそうで、またいつものメンバーで偲ぶ会でもしようか、と思います。
同じお店で、同じメニューで。


